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2013年9月 9日 (月)

オリンピック、父の涙と担任の偉業


『オリンピック』東京開催決まりましたね。

朝まで、寝たり起きたりで、発表にお付き合いしてしまいました。

オリンピックを東京へ!って活動に全面賛同していてわけじゃないけど、結果が好きな私、何時もの好奇心が起きたのですね。

 

私・・・・福島原発の後遺症は、かなり重い症状で、解決を約束できるとは思わないのですよ。

どぶに捨てるがごとく、税金をつぎ込んで、それでも海を汚す危うさがあります。

あの被害を受けた地域の再生と同じ速さで、オリンピックを迎える準備をしてほしいですね。

あれ~~~それじゃ開催の日に間に合わないって!

そうなるかもしれないけど、国家のメンツでオリンピックは優先するでしょう。

せめて、被災者の心のケアになれば幸いですけど・・・・・。

 

 

最初の「東京オリンピック」の頃、私は中学3年生でした。

山奥の田舎の、今でいう過疎地で、オリンピック祭りに興じていました。

「先生、テレビ鑑賞の時間に変更しよう!!!」

何時間も、授業をつぶしてオリンピックを鑑賞していた、田舎の悪ガキたちの一員でした。

この頃の思い出はふたつ、テレビで聖歌最終ランナー坂井義則が競技場を走り聖歌に灯をともしたとき、父の涙を見たこと。

父の涙、それまで見たことがなかったから、私は、見てはいけないような、それでもそっと見ていた、あの日のことが、あの日の部屋そのまま思い出されます。

喜びの涙、感動の涙、日本中で同じような家族があふれていたでしょうね。

戦後、まだ貧しい日本だったけど、平和を胸に噛みしめた日だったのかもしれません。

もう一つは、その頃はまだメジャーじゃなかったけど、私の担任の先生がパラリンピックに出場したことです。

卓球『銀』、水泳『銅』のメダルを勝ち取りました。

先生は、医療が確立していない時代(私もその時代)、小児麻痺の予防注射で注射器の廻し使いをしてその病気に罹り、右腕の骨がない状態でした。

ちなみに前後で予防注射をした、もう一人の先生も、左腕が同じでしたね。

今なら、医療事故として問題になることだけど、その頃は仕方がなかったで終わっていたそうです。

私たち、ケラスメートはそりゃー一致団結して応援しましたよ。

先生は、双方とも校長になり勇退しました。

 

Img_0366_3

 

今度のオリンピックも感動の思い出が出来るかしら?

いいえ7年後、夫婦一緒に生きていて、オリンピックが見たいですね。

夫は78才、私は71才、がんよ、再発しないでね。

それが見られたら、もう感動の思い出になるやもしれません・・・・・

ですね。o(*^▽^*)o

 

 

 

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