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2017年10月30日 (月)

今日の母は、毎日振り回されています~~

台風は、静かに通り過ぎて行きました。
雨は降ったけど被害なし。
ただ今、風の強いこと。
風の音が聞こえる!
唸ってる!


昨日の料理


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お昼を食べて、寝てるかなと思っていたら、起き出して言いだしはじめたんですよ。
「ご飯を焚かなきゃ………」

今日は6人分、おかずも作るけど、手伝ってくれるかと。
あのね、お母ちゃんが当番だって言い張るの。
作り話なんだけどね。

言いだしたら、何を言っても聞いてくれない…。
ご飯釜を持って、米はどこかとフラフラ。

兄は、昼から頼まれた仕事に出かけていました。

雨の中を、人数を聞きに行くんですよ。
食べに来る人など居ないのに。
壊れちゃったね。
あ、聞きに行くのは、空き部屋です。

私、痴ほう症っていうの、初めて接しました。
意思疎通が出来ない、たいへんです。

兄の苦労が、分かったわ。

深夜も2時半から、朝ご飯の支度と言い、動き出す。

朝まで寝られません。


今は、頭にコブがあると、兄が医者に連れて行きました。


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普通の時は、こんなに穏やかな顔をして、本を読んだり新聞読んだりしてるんですよ。

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ここから始まる暮らし」カテゴリの記事

コメント

認知の方に初めて接せられたとのこと。ある意味、お幸せだったかなと(嫌味とかじゃないですよ。本心からそう思いました)私は肉親と、正常な状態でお別れしたことがありません。祖母もひどい認知。足腰丈夫なため徘回。それも数キロ先まで真夜中に家を出てしまう。鍵を幾らつけてもなぜかちゃんと外して出ていく。警察のご厄介になったこと数知れず。父母は心身ともに疲弊して、介護型ホームへ。そこも脱走4回!ついに閉鎖室となってしまいました……かわいそうだけど、どうにもならなかったのです。私が子供を連れて実家に行けば、3歳の孫を指さして「この子たちが私のお金を盗んだ!」と叫び声。泣きました。私が生まれたときから結婚時までずっと同居していた、優しい優しい祖母だったのですが、認知症が憎いです。(最後まで自分の娘のことだけ覚えておりました)
そして、そんな祖母の認知を見て、恐怖していた父。75歳を過ぎたころから、徐々に認知が。80歳~85歳まではまだらボケ。しかし夜眠らなくなりました。明け方4時前に「朝ごはんが食べたい」と母親をたたき起こす。夜中も何回も起きて、家の中を見回り。認知がひどくなると、余り睡眠が必要でなくなるタイプ。80歳を超えた母が、血圧が上がって自分が倒れそうだとSOS。今度は私が本腰入れて、ケアマネさんと相談し、施設入居させました。父は頭以外はどこも悪くなく、歯も22本、自前があり、自分で食べられ、着替えもでき、お風呂も入れましたが、認知度合いがどんどん悪くなり、介護3→4となりました。一見普通に見えても、認知で介護度はつきます。ケアマネさんが我が家に初めて来たときに、ちょっとしたテストをしたのですが、そのテストの意味が父には全く理解できず。ケアマネさんが帰宅するときに「介護度2は確実にあります」と言って帰っていかれました。
父は施設で89歳まで生きました。祖母は92まで。私は伯母も認知で93歳まで。血縁者はみんな最後ぼけます。自分のことも心配でなりません。
最近は介護に絡んだ悲惨な事件も起きています。お兄さまが倒れたりしたら、一体どうなってしまうのでしょう?私はもう手を打つべき時が来ているように思えてなりません。早急にケアマネさんと相談なさってくださいまし~

おはようございます。
帰っておられるんですね!
私も祖母と父の姿を見て来て恐怖でした。二人を看ている間は正直、苦しみました。つらかった~。担当医師が今後大変になるばかりだから施設にと勧めて下さいましたが「まだ大丈夫」と踏ん張った思い出が。若かったから出来た事、家と実家と、子育て中だったし仕事もあったし、若さで乗り越えたと思います。今だったらとても無理です。徘徊で広報の世話になったり、警察は何もしてくれず叱責ばかりでした。地域の方々の優しさに救われたこともありました。先は長いです。お兄様一人では心配です。義姉は入所して普通に会話が出来るようになりました。会話ある暮らしが老いたら必要だと思うのです。お兄様もよく頑張っておられますね。凄い事です。
いつまで、こちらに滞在ですか?

お兄さんが心配です
ちるみさんが 居る間は 体をやすめることができますが
夜中もお母様が そのような状態だと おちおち寝てもいられませんよね
ちるみさんも お嬢さんのところではなく ご実家のほうで
お兄さんと交代で お母様をみられたほうがいいのでは
石川にいても 心配なんじゃないですか
お嬢さんは 若いのだし 病院もひとりで大丈夫ですよ

はしまめまして。いつもお料理拝見して参考にさせていただいてます。ありがとうございます。私も自宅で認知の義母を看ておりました。最後には精神的に崩壊寸前。市の福祉の方に危ういところを助けていただき、今は義母は施設でお世話になっています。こういうケースは時間との勝負です。早急に動いてください。お兄さまの心が壊れてしまいます。プロの手をかりることはごく自然なことです。それこそがみんなの幸せに繋がると私は思います。
また、娘さんは、つい最近、一歩間違えば命に関わるご病気でご入院されていましたね。今回の手術、どれほど不安でおられることか。お母さまの支えは不可欠です。娘さんをどうか支えてあげてください。お孫さんたちを支えてあげてください。いまは娘さんのそばにいてあげてください。

あっしも 娘の手術が終わったら 母のところに助けに行ったほうがよかろうと
あんさんが かわいそうだぜよ
きっと寝不足で 心もずたずたになっとるぜよ
あんさんを助けれるのは 兄弟のあんただけじゃよ
母の歳を考えても 今 実家へ行き 助けてやれよ
娘の手術が終わったら 即行動にうつせ

今は 早急にケアマネさんに相談して 施設に入れてあげてください
お兄様も ちるみさんよりも年上でましてや 男性
さぞ 大変だろうと察します
それでも 施設に入るのが無理なら ちるみさんが 向こうへ行かれて
助けてあげた方がよろしいかと。。。。
お嬢さんの手術も ご心配ですが 終わったらお兄様を助けてあげてください
石川の方では 今は夕飯のお支度だけされてるんですよね
そちらは 今まで通りお嬢さんにおまかせして
お母様のお歳を考慮しましても 急がれたほうがよろしいかと
わたくしは ちるみさんと同じく娘と暮らしてて 面倒をみてた弟が大変なことになってしまい どれほど後悔したか

まるみさんへ

ありがとう。
私も、初めて認知症の症状を目の前で見ましたけど、顔がその時、違うんですね。
普段は、穏やかなんだけど、目が強く感じました。
あとで聞いても、何にも覚えていないのにね。

たぶん、これから徐々に進行していくと思います。
兄に、任せられない日が来ると思います。
その時は、しばらく同居も考えないと、兄が沈没しちゃいますね。

考えたら、私は爺婆に縁がなく、父母以前の親族に会ったことがありません。
父も65歳で無くなったし、認知症の方はお隣のおばあちゃんだけしか知らないと思う。
母は、まだ序の口で、ご飯の前だけ炊事当番だと言い出すだけ。
遠くへは行きません。

でも、ケアマネさんの助けは必要ですね。
兄に言っても、まだそれほど苦にしてるようでもなく、そうだなっていうだけだけど、
強く言わなきゃだめだね。
とにかく兄妹二人で看て行きます。
アドバイス、お願いね。

風知草さんへ

ごめんね、連絡もせず帰って来てしまいました。
少しの時間でも、この際母と一緒にいたかったんですよ。

母もお話が出来たら、少しは気晴らしが出来ると思うけど、耳が全く聞こえないからね。
高価な補聴器も、宝の餅腐れです。
母も、外へ出たり、暴力をふっるったりしたら、介護もたいへんだけど、今は、名前を呼んで
手伝ってくれるか問うだけ。
内容は、どうでもいいこと。

兄は、思ったより一生懸命面倒を看ています。
食事の世話も、後片付けもきれいにやっています。
母も、よく食べてるしね。

ゆとりが出来たら、ゆっくり会おうね。
しばらくはごめんなさい。

和さんへ

ありがとう。
私が二人いたらね・・・・

今のところは、兄一人で大丈夫だと思います。
娘のところに帰らなかったら、かえって兄が心配します。
娘は、頼りない子。
子供もいるしね。

こちらで、まず娘のことをみて、それ以後、母に変化があれば実家に行きます。


naoさんへ

ありがとう。
私も、娘のことも心配なので、帰って来ました。
手術ばかり連続、娘も口には出さないけど、落ち込んでると
思います。
私も、励ましてあげないとね。

兄は、体は丈夫だから、今のところは大丈夫だと思います。
大きな声でしゃべりながら、面倒を看ていますよ。
ネアカな人で、優しい人。
困ったら、言ってくるから、ことはそれからですね。

経験者は語るさんへ

経験者の言葉には、重みがありますね。

兄は、今のところそこまでずたずたになっていません。
夜もしっかり寝てますよ。
ぼけてはいるけど、その時間は短いし、会話は理解出来ます。
どこどこへ行くと言えば、外出も自由、仕事にも行きます。
まぁ、時々半日、頼まれた時だけだけどね。
ホントに困ったら、そりゃー駆けつけます。

いろいろありがとう、感謝しています。

絹江さんへ

ありがとうございます。
私もね、今私が二人欲しいと思っています・・・。

弟さんが、頑張られたんですね。
私の兄は、今のところそれほど困ってはいないですよ。
そこまで、負担が大きくないからかもしれないけどね。
朝目覚めれば、母はエプロンをかけ、家事を始めようとするし、洗濯なんかはできます。
ご飯を炊くことも出来るけど、量が問題。
おかずは、味がちょっとね・・・
兄は、以外と何でも作ります。
大きな声で、何度も繰り返しながら、洗濯干し、ご飯の支度、洗い物。
頑張っていますよ。
夜は、8時には御就寝。

朝は、4時には起こされるけど、寝不足まではいっていません。

もうしばらくは兄に、いざとなったら長逗留覚悟で、行きます。
ご家族のように、心配してくださって、感謝します。

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